私は以前父親から引きついた会社を経営していたことがありますが、その後倒産してしまいました。

当時の私は平凡なサラリーマンだったのですが、長男ということもありいずれは父親が興した会社をつぐんだろうな・・と考えながら会社に行っていました。

そんなある日父親の体調があまりよくなかったため入院することになり、その際に会社を継いでくれないかと言われたのでした。

私はサラリーマンとしての人生に不満はありませんでしたが、やはり父が経営している会社を人に渡すのは嫌だったので、サラリーマンを辞めて会社を継ぐ決心をしました。

当時バブル経済の真っただ中で、会社の経営はすこぶる良かったです。
毎月必ず大量の注文をくれる取引先が何社もあり、資金繰りに困ることなどありませんでした。
従業員の数も一番多い時で80人はいたかと思います。
ボーナスもかなり支給できましたし、労働環境もよかったので、とても従業員たちは満足してくれていたようでした。

バブル崩壊で売上激減

しかし、私が経営を引き継いで2年位経った頃でしょうか、いとも簡単にバブル経済は泡のように崩壊してしまったのです。

私は正直その後の準備など全くしていなかったので、たちまち受注が減ってしまったことで売り上げが激減してしまいました。
あれだけ毎月たくさんの注文をくれていた取引先が手のひらを返したようにほとんど注文を海外に発注するようになってしまったのです。

毎月の資金繰りに困った私は、それまで大手銀行や信用金庫からわずかな借金があったのですが、さらに追加融資してもらえるかお願いすることにしました。

ところが、銀行は会社の経営がうまくいっていないことを調べたようで、追加で融資はできないと言われてしまったのです。
どうしてもまとまったお金がすぐに必要だった私は、常とう手段も言える消費者金融からお金を借りるしかありませんでした。

消費者金融を利用

消費者金融はその日のうちに100万円程度のお金を貸してくれ、どうにか会社で必要なお金を用立てることができました。

そのお金はたちまち運転資金として底をついてしまったので、今度はさらに数十万円のお金を別の消費者金融から借りる・・の繰り返しが始まったのです。

もちろん、その当時乗っていた車は全て手放し、高級外車に乗っていたのを軽自動車に乗り換えたり、妻は専業主婦だったのですが、パートに出てもらうことにしました。

優雅な生活から一変

毎日優雅な暮らしをしていた妻の生活は一変し、パートに出ることになってさぞかし不満だったでしょうが、文句も言わずにスーパーのパートに行ってくれた妻には感謝しています。

その後会社の経営状態はどんどん悪化してしまったので、やむなく従業員のほとんどをリストラするしかありませんでした。
最も多かった時に80人もいた従業員は20人程度にまで減り、ボーナスはもちろん出せなくなってしまったのです。
それでも他に行くあてがない従業員の人達は残って仕事をしてくれました。

自己破産で救われました

その後、数か月はなんとか持ちこたえていましたが、とうとうこのままでは借金が返せなくなると思い、私は弁護士のところへ相談に行くことにしました。

弁護士の言うことによれば、このまま経営を続けていくのは困難なので、債務整理するしかありませんということでした。

債務整理にも色々な方法がありますが、その中でも自己破産が私にはもっとも適しているとのことだったので、私はやむなく自己破産することにしました。

どうして私が自己破産したのかと言うと、マイホームもすでに手放していましたし、預貯金も全て使い果たしていたので、失うものが何もなかったからでした。

妻も了承してくれたので、その後自己破産し、会社は倒産して私は知り合いの会社でサラリーマンとして働くことになりました。

当時の従業員には大変申し訳ないことをしたと思いますが、この選択は仕方なかったと思っています。

もし、債務に苦しくなったらぜひ専門家に相談して債務整理のアドバイスを受けることをオススメしたいです。